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ヱヴァ破―新劇場版の真意とは?

2011/03/30 03:31
うーむ...前作でもうっすら思ったが、
正直これを再び作ることの必要性って...

そんなこんなで、こちらも今頃遅々とした...
ちと辛口ですが素直な感想、ヱヴァ破です


巷で言われてた通り、新キャラのマリ登場以下、
前作の序より明らかな改変が見られた本新劇場版、破...

しかし、なんというかなぁ、なぜこれを10数年前に作らなかった?
というのが正直な感想...なぜに今頃になってTV劇場版含め、
当時のエヴァを闇へ葬り去ろうとするが如しの振る舞いを?
どうにもそんな違和感を拭い去ることができなかったですね

確かに当時のTV版のノリのまま、アイキャッチや次回予告まで...
それぞれのキャラの心理描写やほのぼのお笑いシーンなども、
むしろ新作カットなども増えて楽しい部分は多かったんですが

ですが、当時のエヴァがどうしても目に焼きついている者
としては、正直これはどうなんだろう、どういう目的で本ヱヴァの
新劇場版は作られたんだろう、そんな思いにかられてしまう

色々と賛否両論はあったにしても、TV劇場版ともに、かつての
あの衝撃的な精神心理劇から連なるラストシーンが、エヴァを
エヴァたらしめていた、だからこその今に至る社会的ブームや
人気、そして何よりこの新劇場版の存在があるのでしょう?

今に至ってのこのヱヴァ新劇場版に対するモヤモヤが
何なのかと考えてしまうと、やはりそこなのですよ...
庵野カントクの思惑や作品自体の多大なる人気からなる
本シリーズ劇場版の存在意義とは別の部分において、
やはり個人的には、どことなく納得いかない気がしてしまう

まあ本作の公開を何より無心に喜んでいるのは本当の
エヴァファンの方々なのだろうし、そこは否定はしませんが
逆に言えば自分はそれほどのめりこんでないということか...

要するに儲かるから...とか実もフタもないコトいわんといてw
(まあぶっちゃけソコが事実だろうが―やっぱエヴァだからねぇ)

新キャラのマリに関して言えば、真綾シンジと声被ってるぞw
(一度諸々動画で関連シーン観てしまったのでなんともだが)
案外男の子っぽい娘なんですねーまぁその自然体さが何より
真綾氏が買われた部分なんだろうけど「ネルフのワンコ君」は
キャラ上手く掴んでるなーと思ったw でもまだ正体不明な部分多し


あと細かい点について言えば、シンジとミサトは割と旧作のまんま
...加持さんなどは以前より美味しい部分が増えたと思う(笑
(まぁそれをいえば料理上手なトコが披露されたシンジもだけどw)
くだ巻くミサトと飲んでるシーンとか「緊張感ありすぎると男にモテないぞ」
とか...あとシンちゃんを口説いてみせるBLっぽいシーンは今風?w
アスカがウザく絡んでこなくなったので、その分魅力アップ?(笑

ミサトは意図してか何か中間管理職っぽい画面が増えたような
あと加持絡みでは可愛いシーンもあったりして、ちょっと惚れ
直しました(笑)日常生活は相変わらずガサツですがw

人類補完計画関係の謎が増えたことと、あと加持関係では、
アスカとの絡みがなくなった、これはおそらく真綾マリとのバランス
なんだろうけど、ちょっと寂しいかなと感じるのとサッパリしたと感じる
のと半々、その分式波アスカは(苗字が変わったのも違和感の一つ)
旧作のアスカとはまるで別人に見えてしまった...同じキャラなのに不思議だ

新作カットとしては、あの水族館(違)の社会科見学?と、そこから
つながるシンジ弁当に対抗する綾波&アスカの女子陣の料理作戦
奮闘シチュ、まぁそのくだりでは(作中でも言われてるが)綾波の
変化ありすぎな部分はポカポカ発言含めファンサービスなのかな、と
どちらにしても綾波のシンジ親子の絆を大切にしてあげたいという、
旧作からのキャラを膨らませた良エピソードではありましたね

しかし、それに対するアスカのラストへ向けての処遇が哀しすぎる
まあ彼女に関しては旧作でも避けられない運命ではあったが...
まさかのトウジ不運フラグをアスカに変更、民間人であるトウジは
妹含め、その不運から逃れられたが...これは正直どうっしょ?
当時はああ一般人であっても、こういうことはままあるよね?
という怖さが一つの生臭いリアリティに繋がっていた、妹は結局
片わになってしまったし...でも幸運にも今回それは避けられた

その代わりに不運を背負うことになってしまったアスカ
加持さんへの思い入れがカットされてしまった分、最後に
彼女の思いを直接言葉で受け止めたのはミサトとなりましたが、
正直これにも違和感だったかもなー本来のアスカとは明らかに違う?
ま、彼女の孤独を和らげたのはシンジや綾波との心の触れ合いでも
あったし、その辺は旧作同様なので一概に否定はしたくないけど...

ぐほ、あの「今日の日はさようなら」や「翼をください」の
チープなメロディ歌声との妙なギャップが...マリが序盤で歌ってた
「365日のマーチ」もだが、庵野サン狙いすぎだってばw
以前はもっとすごい衝撃を予想してただけに、このそれほどでも
なかった感は...アスカのまいっちんぐといい時代を感じますなぁ(笑


つまり、なんというかアスカやゲンドウについてもだけど、旧キャラが
妙に丸くなっている、という印象...あれだけのぶっとんだ心理劇で
当時の視聴者を煙に巻いた庵野氏であっただけに、やはり
かつてはそれなりにとんがっていたけど、時間を経るにつれ、
作品自体が一人歩きするうちに気持ちの変化でもあったのか?

でも、仮にもしそうだとしても、当時の衝撃体験を共有体験として
経験した身としては、それはどこか違うとどうしても思ってしまうのだ
それは確かにファンが観たかったエヴァの別の姿だったかもしれないが、
これは、少なくとも自分が当時衝撃を受けたエヴァではない

本来なら旧作劇場版にて一度完結してしまった作品を、
再度掘り起こす、という行為はやめた方がよかったのでは?
とさえ思えてしまう...それはつまり旧作をなかったことにして
しまうということでもあるから...ヤマトじゃあるまいし(苦爆
同じような轍は庵野氏には踏んで欲しくなかったかもなーと
ま、氏は特撮作品ともに西崎ヤマトにも影響受けているから...

しかし何ともパラレルワールド的だな、あるいはシュミレーション
ゲームの選択肢みたいな...そういや旧作でもそんな妄想シーンが
あったけど、こういうキャラ達の世界で今度はどうです?という
ようなカンジが今回の新劇場版からはちょっとするかも

何だか最終的に大団円が待ってる的ラストを完結篇にて
用意してるとかなんとか...それはよいことなのか悪いことなのか
(まっどちらにしろ「エヴァとして」上手く纏めてくれりゃ文句ないが)

「キモチワルイ」―あの不可解極まる、けれどだからこそ
どうにも耳に強く残ってしまう、旧劇場版ラストのアスカ呟き...
結局、それが当時のエヴァの真の姿だったようにも思う
解り合いたくても解り合えない、その絶望の涯てに見える世界

そのリアルな呟きと本来の願いとの距離感、それを様々に
考え巡らせてしまう、そんな恣意的な真意を見せたラストだった
要するにかつてのエヴァは庵野監督自らの所有するところの
発露、そのものだったのだろうと思う...それが、おそらくは今回、

しかし、10年って長いようで短いよなぁ...


確かに今回、シンジとレイが見せたような真の人としての思い、
そのかけがえのなさは本物だとは思うけど、それ一つ取っても
つまり要するに見せ方なんだろうと思う...ああいう解りやすい
感情の発露は確かに美しいかもしれないけど―でも、それは
かつてのエヴァの姿からすれば、妙に浮いてしまっているのだ
おそらく、これがすべてではないだろうとは思うけれど

幸か不幸か、まだ今回の新劇場版には続きがある
その次回予告では再び溌溂とした笑顔を見せるアスカの姿もある
今回はまだ顔見せの段階(具体的なネルフチルドレンたちとの会話も
少なかった)だったマリも本来の意味でのその存在意義を明かすだろう

そして、気になる使途でもある渚カヲル...今回はしっかりエヴァに
搭乗しとるし!? 要するにサードインパクトは停められたでFA?
「シンジ君、今度こそ君だけは...幸せにしてあげるよ」相変わらず
台詞も意味深じゃなー(再びエヴァB○厨の巣窟が同人界にッ)
しかしリツコさんのいつもながらの説明台詞には恐れ入ったw
相補性のうんたらかんたら...エネルギーの凝縮体にXXX...

しかし今回色々とゼーレ関係で新たな謎が増えましたねぇ(笑
旧作でブームとなった死海文書含め聖書関連の謎解きを
一度うやむやになった分、今回しっかり底辺に据えようという
企てでせうか? どっちにしろまたウヤムヤになりそうな気がするけどw

勿論、前作でもだけど、いまや「あの人はどこ?」的なノリの
ケンスケ岩永哲哉やマヤ長沢美樹などもしっかり出演w
こういう部分にもエヴァのすごさの何たるかを地味に感じるぜ...
(リメイク作というと、よく別人が声あてたりしますが)

はあ...某○サラキとは雲泥の差だな〜
旧劇場版三部作の10年経た後、さらに新劇場版
(今度は)四部作...実に羨ましい限りですだw





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